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歩道脇のフェンスが完成していた萬福稲荷大明神(伊勢市河崎)

2018年02月18日(日) 歩道脇のフェンスが完成していた萬福稲荷大明神(伊勢市河崎) (徒歩)

河原淵神社を後にして八間道路を伊勢市駅方向へ歩いていると河崎の交差点に到着。先日は工事中であった萬福稲荷大明神の歩道脇のフェンスが完成していた。

河崎交差点(伊勢市河崎)

河崎交差点(伊勢市河崎)

 

【参考】

 

急いで横断歩道を渡ると新しくなったフェンスをパチリ、パチリ。スタイリッシュになり見通しが良くなったフェンス。建物の壁板ともマッチしいい雰囲気だ。

歩道脇のフェンスが完成していた萬福稲荷大明神(伊勢市河崎)

歩道脇のフェンスが完成していた萬福稲荷大明神(伊勢市河崎)

 

歩道脇のフェンスが完成していた萬福稲荷大明神(伊勢市河崎)

歩道脇のフェンスが完成していた萬福稲荷大明神(伊勢市河崎)

 

しかし、参道の正面はコンクリートブロックのままだった。(その理由はいかに?)

正面はブロック塀のままの萬福稲荷大明神(伊勢市河崎)

正面はブロック塀のままの萬福稲荷大明神(伊勢市河崎)

 

Comments

  1. 私も18日午後、萬福稲荷大明神へ
    お参りに行きました。
    歩道脇のフェンスが真新しくて
    スッキリとした感じでした。
    稲荷の由緒とかは・・・
    いま辻本氏へ問い合わせ中です(^^)

    1. たかっちさん
      こんばんは、
      あのフェンスが周囲に馴染んでいたのには驚きました。
      一層のこと、参道の入口のブロックもフェンスになればと欲張ってしまいます。
      また、由緒の件、ありがとうございます。

  2. キタヰさん、辻本氏から本日メールが入りました。
    辻本氏はたかっちの小学校~伊勢高校の同級生で

    現在は神奈川県にお住まい。この「萬福稲荷大明神」
    の所有者です。以下メール↓原文のまま。

    「お尋ねの件ですが わかる範囲でお答えします。
    お稲荷さんは 私どもがお祭りをしています。

    建立したのは 父で 祖父の時代から伏見稲荷を
    信仰しています。

    特に父は 戦争に行った時に 流れ弾が身に
    つけていたお稲荷さんのお守りに当たった

    おかげで、一命をとりとめたと聞いています。
    そこで昭和30年代に、この地にお稲荷さん
    を建立しました。

    伏見稲荷のお山にある福徳稲荷さんから
    分けていただいてお祭りをしています。

    私どもも毎年1回伏見稲荷にお参りをし
    福徳稲荷にもお参りをしています。

    私がわかっている範囲は 以上です。」

    貴重なお話しですネ!!
    ご参考まで!!

    1. たかっちさん、こんばんは。
      辻本さんからの貴重なお話をありがとうございます。
      河崎交差点を通る時には必ずお参りしなくてはと思ってしまうような逸話ですね。
      心してお参りします。
      いまさらですが、実は萬福稲荷大明神について疑問が残っていました。それは社殿の千木が内削ぎと外削ぎの組み合わせとなっている理由です。
      内削ぎと外削ぎの千木が混在する萬福稲荷大明神(伊勢市河崎)

      1. 萬福稲荷大明神(伊勢市河崎)の社殿に、
        内削ぎと外削ぎの千木が混在する理由ですが、
        辻本氏に照会していましたが、本日
        メールが来ました↓(以下原文のまま)。

          「○○様
        お早うございます。
        遅くなりました。
        ご質問の件ですが
        父からは、何も聞いておりません。
        今後ともよろしくお願いします。
        On 2018/03/08 1:30」

        なにか参考になればと思ったのですが
        不明のようです。

        このような、内と外の千木が混在する
        神社って・・・珍しいのですかね?

        たかっち

        1. たかっちさん、
          ありがとうございました。
          また、辻本様、ありがとうございました。

          このように左右で千木の形状が異なる神社は私が知る限りではなかったように思います。
          今後このように異なる千木を組み合わせた神社が見つければそちらから理由を探ってみます。
          分かり次第、お伝えします。

          1. 四月29日に辻本君と伊勢市内のご実家で会いました。
            その場に万福稲荷創建の宮大工さんがおられたので
            千木のことを辻本君に頼んで、宮大工さんに
            聞いてもらいました・・。以下

            「辻本さんのお父さんに、この神社の創立を依頼され
            たときに、道路側は外削ぎ、内側・・家側・・・は内研ぎ
            にするように念を押されて、その様に作った。
            その理由はわからない!」

            との事でした!!くわしい事は私のブログに
            かきましたので、見てくださいネ。
            なぞは、深まります!???

          2. たかっちさん
            こんばんは、詳細な報告ありがとうございます。
            理由はわかりませんが、かなりのこだわりを持って混在状態になっていることがわかりました。
            家(内)側と道路(外)側で、内宮と外宮の両宮に敬意を表されたのかも?と勝手に考えてしましました。

            たかっちさんのブログを勝手にリンクさせていただきます。
            http://takcchi.blog.fc2.com/blog-entry-1753.html
            ありがとうございました。

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