【紹介】随筆:浦上切支丹と元御師山田大路篤忠(三重医報719)飯田良樹

2020年10月14日(水) 【紹介】随筆:浦上切支丹と元御師山田大路篤忠(三重医報719)飯田良樹

昨日、飯田良樹さんからメールが届いた。その文面は次の通り。

文章の傾向を変えてみました。

 

なんのことだろうと思案していたところ、今朝に添付メールが届いた。

その内容はこちら。10月1日に発行された三重医報 第719号の原稿で、その随筆のタイトルは『浦上切支丹と元御師山田大路篤忠』。

 

随筆:浦上切支丹と元御師山田大路篤忠(三重医報719)飯田良樹

随筆:浦上切支丹と元御師山田大路篤忠(三重医報719)飯田良樹

 

随筆:浦上切支丹と元御師山田大路篤忠(三重医報719)飯田良樹

随筆:浦上切支丹と元御師山田大路篤忠(三重医報719)飯田良樹

 

【参考】

 

この随筆は切支丹と御師の関係性について言及したもので、多数の参考文献の根拠を示しながら2ページにまとめてある。豊富な資料の内容をコンパクトにまとめるためだろうか、体言止が多用されている。また、問いかけの?も多い。文章の傾向の変化とはこのことだろうか、いやこれなら文体の変化だし・・・。結局は文章の傾向の変化を把握することができないまま、読み終えてしまった。

 

随筆の最後には

いろいろな事を調べていると、ある日それが一つに結びついてきたりして、面白いです。

とある。

軽く一言で記されているが、いろいろな事の膨大さは計り知れないものだろう。これは飯田さんの執着心とネットワークがあるからこそ成り立つのだろう。

私もはやく一つに結びつくものを見つけたいものだ。

 

Comments

  1. 突然申し訳ありません。
    私、紹介されております文章にあります山田大路篤忠の曾孫にあたります、横浜の村山いづみ(旧姓田中いづみ)と申します。曾祖父の篤忠の娘の長女、貞(田中貞)の孫です。
    曾祖父の実家が伊勢御師であったと近年伯父(貞の長男、田中豊)より知らされ、御師について調べる内にこちらで曾祖父の名前を発見し、驚いております。
    山田大路家は忠篤の子である長女次女とも山田大路の名を継がず、婚外子であった方が唯一山田大路の名を継がれました。
    篤忠と同様に地元久居地区で医師の道に進んだ宮崎アキラ(篤忠の次女の長男)も今は亡く、山田大路篤忠の事を知る者も減ってきている今、曾孫の私でも知り得なかった事実を知り、とても喜んでおります。
    伯父である田中豊にこの記事を早速知らせましたところ、書いておられる飯田良樹さんとおっしゃる方が何故山田大路篤忠について書かれているのかという事に私と田中豊の家族で話題となり、もしや山田大路家に繋がりのある方では?とも思う次第です。
    私も田中豊の家族も神奈川県在住ですが、飯田良樹さんに、もし出来ましたら山田大路篤忠の孫達が今回の記事を大変興味深く読ませて頂きました事お伝え頂きたく、お手数ですがよろしくお願い致します。
    伯父田中豊は89歳になりますが、今も山田大路家の事を少しでも子供達の記憶に残そうとわかる限りの事を文章等に残しております。豊が調べた山田大路家の系譜や篤忠以前の事柄も数多くあります。そこには飯田良樹さんのまだお知りでない事もたくさんあるかと思いますし、系譜等については私が預かったものもありますので、コピーなどお渡し出来るかと思います。
    ご面倒とは存じますが、よろしくお願い致します。

    1. 村山いづみ さん
      ご連絡ありがとうございます。
      本件につきましては、飯田良樹さんに伝達しておきます。
      連絡していただけると思いますので、しばらくお待ちください。

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