2018年05月12日(土) 神田御田植初(神宮神田、大土御祖神社[皇大神宮 摂社]) (車、徒歩)
伊勢神宮の御田植え行事である神田御田植初は午前9時より開始されると、まずは神宮神田(伊勢市楠部町)にて祭典・田植え・団扇合わせが斎行される。続いては大土御祖神社(皇大神宮 摂社)へ場所を移し、こちらではホコリ・船漕・どう舞が奉納される。その後、笛生一名による吹き納めがあり、最後に団扇破りにて全てを終える。
その詳細については伊勢市市民俗編のpp420-423に詳しく記されている。
また、本ブログの過去の記録では解説を添えている。
【参考】
- 神田御田植初 御田植式、団扇合わせ(神宮神田) 2015年05月09日
- 神田御田植初 おどりこみ、大団扇破り(大土御祖神社) 2015年05月09日
ほか
また、神田御田植初は神宮神田のある伊勢市楠部町の住民で構成される「神宮神田御田植祭保存会」の皆さんが奉仕している。彼らは5月5日の猿田彦神社の御田祭[おみた]でも奉仕していて、衣装の違いは有るものの掛け声や舞の形態には近しいものがある。その類似・相異を比較しながら両者を拝観するのも面白い。
【参考】
- 御田祭[おみた](猿田彦神社) 2016年05月05日
ここでは、今回特別に紹介すべきことのみを補足するのみとし、殆どは写真の列挙するに留める。
午前8時半ごろに楠部町公民館の前を通ったら偶々記念撮影を終えた直後だったので、和んだところで一枚。
私は先行して
大土御祖神社を訪れると
お参り。
社域の端には蚊取り線香が準備されていた。大きめの土器に乗せられた蚊取り線香・・・。
私がお参りを終えてから神宮神田へ向かうと、神宮神田御田植祭保存会の皆さんも楠部町公民館を出て神宮神田へ向かっていた。
彼らが神宮神田へ入るのを見送ると
特別な日にしか開けられない神田祭場の入口へ向かった。黒木鳥居をくぐり
神田祭場に立てられたテントの後方にて待機していると
定刻となり参進が開始された。
献饌の後、
拝礼を終えると
三束の苗(サンバナエ)が作長に手渡される。
それらを捧持した作長が神田の中央へ移動すると
神田の北側、中央と右・左にひと束づつを落とす。
作長に同行した2名の作丁が田へ入るとそれらの苗を植える。
作丁による田植えが終わると
神宮神田御田植祭保存会の男女各10名が
田んぼへ入ると
楽に合わせて植え始めると一時間弱で植え終える。
今回、驚いたことは土手で撮影する人の姿を見たことだった。今までなら土手へ登れば神宮衛士に注意を受けたものだ。どうやら規制がゆるくなり、神田下種祭や抜穂祭のように大宮司が参加する祭典は今まで同様だが、神田御田植初は祭典の格が異なるため、土手登りも黙認されるようになったそうだ。(私は感覚的に登れないが・・・)
時間も掛かるので和やかな雰囲気の中で田植えは続けられる。
ついに最期の列では90°回転で植え終わる。
田植えを終えると神田の端を流れる水路で手足の汚れを落す。
田植えを終えると
大団扇での角力となる。
猿田彦神社とは異なり、大黒(五穀豊穣)さんと夷(豊漁)さんのいずれが勝ったかなど勝敗は決められない。
三周回ってから
太鼓に合わせて重ねた団扇を左右に倒す。
団扇角力が終了すると神宮神田を後にして
大土御祖神社への移動が始まる。
その合図だろうか。花火が打ち上げられる。
神職を先頭に・・・。この時、ひとりのおばあちゃんに会った。今までいつも仕事でこの歳になるまで神田御田植初を目にしたことはなかったそうだ。今年は偶々怪我をしてしまい仕事ができなかったため、娘さんと共にこの場へ訪れることができたそうだ。息子さんや知人も多数、奉仕しているとのことだった。
私はおばあちゃんよりも先に大土御祖神社へ向かった。
いつもなら大土御祖神社の中で拝観できるのだが、今回は立ち入り規制がかかってしまった。仕方なく、みんなこんな感じで・・・
ところがしばらくするとその規制が解除され、拝観者も社域へ入ることができるようになった。私も神宮衛士に促されて社地へ急ぐと先ほど出会ったおばあちゃんは先頭位置でしっかりと視線の先を見つめていた。(ヨカッタ、ヨカッタ、生まれて初めて神田御田植初を目にしたのだろう。しかもその先にはご子息や知人が・・・)
ホコリ・船漕、
どう舞。
ホコリ。
続いて、吹き納め。
(いつもより長く感じられた。)
そして、最後に団扇破りとなるが、その前に神職が笏を振り上げると
大団扇に穴を開ける。
最初は大黒さんに。
続いて夷さんに。
大団扇が拝観者の頭上へ移動し、倒されると
大団扇は瞬く前に骨組みだけになってしまった。
至るところでご利益のお裾分けが行われていた。
神職らは大土御祖神社を後にすると神宮神田へ戻り、
神宮神田御田植祭保存会は楠部町公民館へ戻った。
神宮神田では
神職らが挨拶を終えると以上で神田御田植初が終了となった。
私は大土御祖神社へ戻ると改めてお参りを済ませた。
帰路に着く途中、楠部町公民館前を通ると玄関脇には骨組みだけになった大団扇が立て掛けられていた。