御塩道ウォーク 2018

2018年05月27日(日) 御塩道ウォーク 2018 (徒歩)

先の記録にも記したが、本記事のタイトルが「御塩道ウォーク」なので御塩道の説明は必要だろう。重複することになるが敢えて記すと

伊勢神宮の祭典にて神饌として、または修祓の清めとして使用される御塩(堅塩)は伊勢市二見町にて作られる。まず夏の土用の頃、二見町西にある御塩浜(入浜式塩田)では鹹水(塩分濃度の濃い塩水)が作られる。樽に詰められた鹹水は御塩殿神社にある御塩汲入所へ運び入れられると、隣にある御塩焼所にて荒塩に焼き上げられる(御塩焼き)。その後年二回(10月と3月)、荒塩は御塩殿神社の隣に建つ御塩殿にて四角錐の土器に詰められると焼き固めるられる(御塩焼固)。これにより荒塩が堅塩となり御塩が完成する。御塩焼固で作り上げられた御塩(堅塩)は決まったルートにて御塩殿神社から外宮まで運ばれる。このルートが御塩道であり、かつては神職に護送されながら二人の役夫が辛櫃を担いて運んだが今は軽トラックにとって代わられた。

 

御塩(堅塩)の護送 2015年10月07日(水)

御塩(堅塩)の護送 2015年10月07日(水)

 

【参考】 御塩焼固、御塩殿から護送の日(御塩殿神社)

 

採鹹作業の時期が近づいてくると御塩道を歩きたくなるのはなぜだろう。

自宅を出てぶらぶらしながら御塩殿神社を目指したところ、御塩殿神社に到着したのは10時半頃になっていた。9時半に出発する予定だったが、1時間も押してしまった。

御塩道は何度も歩いているのでウォークと御塩作りに関する詳細な記録は過去物に委ねることとし、

【参考】

 【御塩づくりについて】

 【御塩道のマップ】

 

ここでは御塩道の案内板を中心にルートをたどってみた。

御塩殿神社を後にすると

御塩殿神社(皇大神宮 所管社)

御塩殿神社(皇大神宮 所管社)

 

横断歩道の先に最初の案内板を見つける。

御塩道の案内板(御塩殿神社付近)

御塩道の案内板(御塩殿神社付近)

 

御塩殿神社を背にすると

御塩殿神社(皇大神宮 所管社)

御塩殿神社(皇大神宮 所管社)

 

真っ直ぐに進み、丁字路で右折する。左手に案内板。

御塩道の案内板(伊勢市二見町荘

御塩道の案内板(伊勢市二見町荘)

 

荘公民館を過ぎ、右手の火の見櫓を見上げる。左へ折れるとブロック塀にも案内板。

御塩道の案内板(伊勢市二見町荘

御塩道の案内板(伊勢市二見町荘)

 

田んぼの中の十字路を右折し、2車線の道路を横断するとこの場所にたどり着く。来た道を振り返ってのパチリ。

御塩道を振り返って(伊勢市二見町荘)

御塩道を振り返って(伊勢市二見町荘)

 

新聞店の角を左へ曲がると国道42号 荘1交差点にたどり着く。

御塩道(国道42号 荘1交差点)

御塩道(国道42号 荘1交差点)

 

国道を横断しそのまま道なりに進む。

御塩道(伊勢市二見町山田原)

御塩道(伊勢市二見町山田原)

 

突き当たった民家のブロック塀にも案内板。右折すると汐合橋までは道なりに進む。

御塩道の案内板(伊勢市二見町山田原)

御塩道の案内板(伊勢市二見町山田原)

 

汐合橋までの間に神宮御園の入口、

御塩道(神宮御園付近)

御塩道(神宮御園付近)

 

案内板。

御塩道の案内板(伊勢市二見町溝口)

御塩道の案内板(伊勢市二見町溝口)

 

二見神社参道入口。

御塩道(二見神社参道入口付近)

御塩道(二見神社参道入口付近)

 

案内板と続く。

御塩道の案内板(伊勢市二見町溝口)

御塩道の案内板(伊勢市二見町溝口)

 

計画では神宮御園付近から割石への往復、二見神社(姫宮稲荷神社)へのお参りも予定していたが、出発が遅れてしまったので、今回は寄り道せずに御塩道に集中することにした。

 

ほどなく汐合橋(五十鈴川)にたどり着く。歩道がないため車に注意しながら橋を渡ると

汐合橋(五十鈴川)

汐合橋(五十鈴川)

 

振り返ってのパチリ。

汐合橋(五十鈴川)を振り返って

汐合橋(五十鈴川)を振り返って

 

この先は左側(何故かは、歩いてみると明らかに・・・)を歩き、先ほど横断した国道42号と合流する。

御塩道(国道42号と合流)

御塩道(国道42号と合流)

 

国道23号を立体交差でくぐると直進となるが、

御塩道(二見街道)

御塩道(二見街道)

 

御塩道は歯科の手前で左へ折れ、すぐ右へ。

御塩道(伊勢市黒瀬町)

御塩道(伊勢市黒瀬町)

 

道なりに進むと浜郷小学校前で再び二見街道と合流する。(振り返ってパチリ)

御塩道(浜郷小学校付近)

御塩道(浜郷小学校付近)

 

しかし、数10m歩けばここで二見街道とは分かれ右側の細い路地へと進む。

御塩道(伊勢市黒瀬町)

御塩道(伊勢市黒瀬町)

 

・・・

御塩道(伊勢市黒瀬町)

御塩道(伊勢市黒瀬町)

 

民家の間を通り抜けると前方には社叢が現れる。そこは橘神社でかつて辛櫃を担いで御塩を運んだ際には、こちらでのみ辛櫃を降ろすことが許されたと聞く。

二見街道側から参道へ入ると

橘神社(伊勢市黒瀬町)

橘神社(伊勢市黒瀬町)

 

橘神社にお参り。

橘神社(伊勢市黒瀬町)

橘神社(伊勢市黒瀬町)

 

境内の一画にはこのようなモノが置かれていた。植栽を整備していたのだろうか?

橘神社(伊勢市黒瀬町)

橘神社(伊勢市黒瀬町)

 

私は先を急いでいたので休憩もせずに、川の駅 二軒茶屋へ向かうと勢田川を眺めてから

川の駅 二軒茶屋(勢田川)

川の駅 二軒茶屋(勢田川)

 

明治天皇御上陸地記念碑を確認した。

明治天皇御上陸地記念碑と二軒茶屋餅(伊勢市神久)

明治天皇御上陸地記念碑と二軒茶屋餅(伊勢市神久)

 

二見街道を横断してから二軒茶屋餅を背にすると

二軒茶屋餅(伊勢市神久)

二軒茶屋餅(伊勢市神久)

 

まずは伊勢角屋麦酒蔵の建物の角に案内板を見つける。

御塩道の案内板(伊勢角屋麦酒蔵)

御塩道の案内板(伊勢角屋麦酒蔵)

 

さらに先へ進むと

角屋醤油・味噌溜製造所付近(伊勢市神久)

角屋醤油・味噌溜製造所付近(伊勢市神久)

 

角屋醤油・味噌溜製造所の壁面にも案内板。二見町の溝口で見かけた後、ご無沙汰だった案内板に連続して出会う。

御塩道の案内板(角屋醤油・味噌溜製造所)

御塩道の案内板(角屋醤油・味噌溜製造所)

 

さらに先へ進むと田んぼのラウンドに沿って右へ。

御塩道(伊勢市神久)

御塩道(伊勢市神久)

 

その後、左へ右へ。こんな風景を眺めながら進むとまもなく伊勢工業高校の正門にたどり着く。

御塩道(伊勢市神久と神田久志本町の境界にて)

御塩道(伊勢市神久と神田久志本町の境界にて)

 

神久交差点で二見街道を横断すると楠木商店の脇の路地へ入る。(左折)

御塩道(楠木商店前)

御塩道(楠木商店前)

 

道なりに進むとこの場所にたどり着く。この丁字路には宇治道慈悲地蔵がまつられている。なお、前方に見える松の木の下には寝起松神社がまつられている。この丁字路を右折すると

御塩道(伊勢市神久と河崎の境界にて)

御塩道(伊勢市神久と河崎の境界にて)

 

勢田川に近づき、清浄坊橋を渡る。

清浄坊橋(勢田川)

清浄坊橋(勢田川)

 

橋を渡ると左側には隠されるように旧清浄坊橋の親柱が残されている。

旧清浄坊橋の親柱

旧清浄坊橋の親柱

 

さらに先へ急ぐとこの案内板。ここからは宇治山田駅へも、伊勢市駅へも同じく450mとなっている。

御塩道(伊勢市吹上)

御塩道(伊勢市吹上)

 

伊勢市駅方向へ進むとこの案内板を見つける。

御塩道の案内板(伊勢市吹上)

御塩道の案内板(伊勢市吹上)

 

道なりに進むと八間道路へ合流し、JR参宮線の吹上町踏切を渡る。踏切を渡ると丁字路を右折する。

JR参宮線 吹上町踏切付近

JR参宮線 吹上町踏切付近

 

ここは? 以前 自転車が並んでいた・・・?

御塩道(伊勢市吹上)

御塩道(伊勢市吹上)

 

風見荘の新築工事現場を眺めながら吹上交差点を横断した。

御塩道(吹上交差点)

御塩道(吹上交差点)

 

その先で見あげるのがこの案内板。に現在地から左側の道が御塩道である。

案内板(吹上交差点付近)

案内板(吹上交差点付近)

 

狭い通りを抜けると外宮参道にたどり着く。振り返ってパチリ。(次の写真の右側が歩いてきた道)

外宮参道(伊勢菊一・菊一文字本店付近)

外宮参道(伊勢菊一・菊一文字本店付近)

 

ゴールまではあと少し。外宮前交差点の横断歩道を渡ると表参道へ向かう参拝者を横目に見ながら

御塩道(外宮前交差点)

御塩道(外宮前交差点)

 

私は右方向へ進んだ。まっすぐ行けば北御門参道口へたどり着くが

御塩橋付近(外宮)

御塩橋付近(外宮)

 

その途中にあるこの場所が本日の目的地だった。今は関係者以外立入禁止となっている。数年前まで中へ入れたのだけれど・・・。(残念)仕方なく、この場から先を望むと

御塩橋の遠望(外宮)

御塩橋の遠望(外宮)

 

そこに見えるのが本日の目的地である「御塩橋」だった。

御塩橋の遠望(外宮)

御塩橋の遠望(外宮)

 

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