許曉薇(シュウ・ショウウェイ)写真展「花之器 The Vessel that Blossoms」@gallery0369(津市美里町三郷)

2019年09月21日(土) 許曉薇(シュウ・ショウウェイ)写真展「花之器 The Vessel that Blossoms」@gallery0369(津市美里町三郷) (車、徒歩)

gallery0369(津市美里町三郷)では、次の写真展が開催されている。

2019 Project Photo Exhibition 台湾写真家写真展

その弐 許曉薇写真展 「花之器 The Vessel that Blossoms」
期間
9月20日(金)〜 9月22日(日)
9月27日(金)〜 9月29日(日)

開催時間
13時から18時

※今回の写真展はgallery176からの巡回展となります。

 

いつも写真好学研究所の定例研究会が開かれる古民家Hibicoreへ向かうと

gallery0369および古民家Hibicoreの遠望(津市美里町三郷)

gallery0369および古民家Hibicoreの遠望(津市美里町三郷)

 

その入口にある門の格子戸には、次の案内が掲示されていた。(何も知らない人は、この案内が無ければgalleryの扉を開けるには勇気がいるだろう。)

古民家Hibicoreの門に貼られたgallery0369の案内(津市美里町三郷)

古民家Hibicoreの門に貼られたgallery0369の案内(津市美里町三郷)

 

私がザクザクと砂利を鳴らしながらその青い扉への坂道を下り扉の周辺を撮影していると、突然に扉が開かれた。扉から顔を覗かせたのはgalleryの主である松原豊さんの代わりに待機していた古民家Hibicoreの女将だった。気配を感じて、扉を開けてくれたのだった。不案内な人ならこの配慮はありがたい。

gallery0369(津市美里町三郷)

gallery0369(津市美里町三郷)

 

女将に招き入れられると私は許曉薇写真展「花之器 The Vessel that Blossoms」のひととなった。

許曉薇写真展「花之器 The Vessel that Blossoms」@gallery0369

許曉薇写真展「花之器 The Vessel that Blossoms」@gallery0369

 

会場はヌードで埋め尽くされているはずなのだが、何とも無機的な雰囲気なのである。

許曉薇写真展「花之器 The Vessel that Blossoms」@gallery0369

許曉薇写真展「花之器 The Vessel that Blossoms」@gallery0369

 

出展者である許曉薇さんが自らの身体を花之器として花とともに撮影したセルフポートレートたち。なんとも奇抜な発想に度肝を抜かえるが、彼らはエロティズムを感じさせてはくれない。

一枚目(次の写真の左端)の作品では、盆栽のように身体にも針金が巻き付けられている。その足は力強く男性なのかと思ってしまった。

許曉薇写真展「花之器 The Vessel that Blossoms」@gallery0369

許曉薇写真展「花之器 The Vessel that Blossoms」@gallery0369

 

ただし、身体性を感じさせる作品はこの盆栽と、それに対向するかのように配置された作品(次の写真の右端)のみである。これは紐で吊るされた身体の写真が180°回転されたもので、ウェストに食い込んだ紐の跡がヒダのように残され、そこには少しだけ艶めかしさを感じてしまった。

許曉薇写真展「花之器 The Vessel that Blossoms」@gallery0369

許曉薇写真展「花之器 The Vessel that Blossoms」@gallery0369

 

それ以外の作品ではタイトルの「花之器」が示すように、有機的な花卉と無機的な身体が融合する不思議な世界が作り出されていた。

許曉薇写真展「花之器 The Vessel that Blossoms」@gallery0369

許曉薇写真展「花之器 The Vessel that Blossoms」@gallery0369

 

また、白地の作品については鍵穴のようなフレームに囲まれて覗き見させているのかとも思わせるが、そこに猥雑さは皆無である。なお、白地の作品でもひとつだけは鍵穴の形状ではなかった。それは180°回転され上下が逆転したものでフレームの形状は何を示すのか?。どんな意図があるのだろう?

ここには大判も含めて上下を逆転させた紐シリーズがある。落ち着きの無いその浮遊感が現実感をなくしているのかもしれない。

 

それにしても許曉薇さんはなぜに自らの身体を被写体に選んだのか、しかも身体から有機性を取り除き、あらゆる口を道具として、さらにアクロバティックに。このような誰にも真似のできない独自性をどのように作り上げたのだろう。

その理由の一部を垣間見ることができる資料(作品の一覧など)がここ(gallery0369)には準備されていた。

許曉薇写真展「花之器 The Vessel that Blossoms」@gallery0369

許曉薇写真展「花之器 The Vessel that Blossoms」@gallery0369

 

なかでも、芸術新潮 2019年01月号に掲載された許曉薇さんへの文章によるインタビュー記事は、彼女の経歴や体験などを含めて興味深いものである。

芸術新潮 2019年01月号

芸術新潮 2019年01月号

 

この写真展に関する部分を抜粋すると次の通りだ。

「花之器」シリーズ
人類と動物は、原始的欲望をコントロールできるか否かにおいて違いがありますが、欲望の本質は同じです。
私は自分を花の器の化身とし、口と生殖器というふたつの欲望の位置に、花を入れました。
花の器は、子供を育む母体。さまざまな植物と花々は、人類が崇める各種の理想と希望の象徴です。
人には欲望があり、この欲望が自然に反すると、その過程で、必ず苦痛が生み出されます。
画面の中の植物と肉体は、時に不自然な状態をあらわしており、そこから一種の相互依存性と関連性が生み出されるのです。

  芸術新潮 2019年01月号 P.65より 引用

 

何とも深いものがあるが、私はただ感じることしかできない。

 

先日、観覧した次の作品展に関する記事で

【参考】

 

次のように

絵画は写真とは異なり一瞬では作り出せない。「イデアの捉え方」を鑑賞し、絵画とは時を封じ込めた芸術であることをあらためて実感した。

と記したが

写真においては、撮影の一瞬には撮影者の経験やレリーズの一瞬までの過程、そこに費やした時間が込められていることを、ここで体感した。

 

なお、許曉薇さんのホームページを拝見すると、

【参考】

 

新しい作品「吟花 2018-2019」は押し花の写真のようだ。有機的は花を無機的な状態に変化させた押し花。

彼女はそこにどんな思いを封じ込めているのだろう。

 

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