2019年10月27日(日) 伊勢市駅から外宮へと続く北御門通りでも更地に (徒歩)
さきほど伊勢市駅前で再開発の現場を確認してから外宮へと続く北御門通りを歩いていたところ、更地になっている場所が・・・
ここには以前?
帰宅後にお蔵入り写真を探していたところ次の写真が見つかった。これは2月〜3月にかけてこの近くの病院に入院していた時に撮影したものだった。何とも立派な姿だ。
最近、伊勢でも貴重な建物の解体ラッシュとなっている。私が記録に残したものでも数件はあるので実際には数え切れないほどに解体されていることだろう。
【参考】
- 解体を終えた河崎商店街 2016年12月28日
- 更地になっていた井阪長七商店の解体現場(伊勢市河崎) 2018年06月03日
- 烏帽子世古北端の建物も解体#4(伊勢市宮町) 2018年07月14日
- 解体され更地になっていた「浅沓司 故久田遼三さん」宅(伊勢市桜木町) 2018年10月27日
- 霊泉湯は煙突工事中?、そして鉄湯は解体中! 2019年09月15日
- 伊勢の歴史がまたひとつ消失?(壊す前に教えてください!) 2019年09月15日
ショックを受けながら外宮へ向かっていると11月03日に開催される「全日本大学駅伝」の看板が立っていた。駅伝は記録で歴史が刻まれている。
何でも続けることは大変だ。
もし、続けられなくなった時、その存在をいかに歴史に刻むのか。
記憶は薄れても記録は残る(はず)。
駅伝と同じように、消える建物も記憶だけでなく記録に残そう。
それは、建物の存在ややそこで暮らした人々の歴史であるのだから。
やむを得ず解体することになった場合、(古)文書はもちろん、襖の下張りなどをも残せないだろうか。
(この後、河崎商人市で実施された「襖の解体ショー&・・」へ)
【追記 2019年10月31日】
知人からの情報によるとこちらは銭湯「勇湯」跡で、約半月前に解体されたとのこと。
【参考】