2018年06月30日(土) 神前普請、潜島の注連縄張り替え(神前海岸)2018 (車、徒歩)
神前海岸(伊勢市二見町松下)の先にある潜島と呼ばれる海食洞門では、年に一度、地元松下の住民による注連縄の張り替えが実施される。本日実施されるとの情報を得たので現地である神前海岸を訪れた。いつものように寄り道を繰り返してしまったため、予定の時刻(9時)をかなり過ぎて到着したところ注連縄づくりが開始されていた。(代表の方に挨拶すると撮影について確認をいただいた。)
なお、本行事については二年前にも拝見しており、その時の記録には潜島に注連縄を張るようになった起源とも考えられる贄海神事のための神前普請について、さらには本行事の工程等について記した。
【参考】
- 神前普請、潜島の注連縄張り替え(神前海岸) 2016年07月03日
そのため、説明については上記のリンクに譲ることとし、ここでは今回の記録として写真を列記するのみとした。
作業が続けられる中
まずは潜島へと続く鳥居をくぐると
今は注連縄が切れて流されている潜島を遠望した。崖の下に白く点のように見えるのが海食洞門である潜島の穴である。
太い縄をなうための藁束の準備を終えると
注連縄づくりが開始された。まずは縄をなう。
必要とされる長さは七尋半。
黙々と作業が続けられた。
なわれた縄から飛び出すヒゲのような藁は丁寧にハサミで切り取られた。
海上では潮の引きを示すサインが。
縄は見る見る間に長くなる。
そそそろ七尋半に近づくと
最後の仕上げ。より一層の力が入る。
仕上げも心を込めて丁寧に終えると
縄づくりは終了した。
これはお決まりの行為か、完成した縄での綱引き。
続いては縄を注連縄に仕上げるために7本の足が付けられた。
作業が続く中、見学に訪れた「宮川流域案内人による行事」の面々が説明を受けていた。懐かしい人々に再会できた。
足付けの作業は続き
最後に「奉納」札が付けられると注連縄として完成した。今回の札は「松下地下」と「松下製材」の2枚のため、今回作成した注連縄は1本だった。(前回は札が3枚で注連縄が2本、多い時は3本の注連縄を作ったとのことだった。)
完成した注連縄を巻き、
担いでも解けないように縄で括ると張り替えの準備を終えた。
この後は潮の引き具合を見ながら昼食となる。各自が個別に弁当を持参するとともに、醤油味と酢味の刻みあらめが食される。
昼食を終えると突然に注連縄が動き出した。
潜島へと続く鳥居をくぐると
他の参加者もそれに続いた。
先行する注連縄を追って
御神酒の一升瓶も後を追った。
足元に注意しながら
着実に注連縄は進んだ。
注連縄を担いでいた男性は手にしていた輪注連縄を海水に浸す(清めだろうか)と
海食洞門の中、高い場所へ納めた。他の参加者も同様に手にした輪注連縄を・・・
続いては注連縄の張り替え。昨年の注連縄は切れて流されてしまったが、その注連縄を固定していた細い縄が残されているためそれらを丁寧に取り除くと
新しい注連縄の張り替えが開始された。注連縄の両端に細い縄は取り付けられると
両側から順々に引き上げられた。
張りを調整しながら・・・
なお、注連縄はこんな光景を眺めている。今は穏やかだが、嵐の日にはどんな感じだろう。
張りの調整を終えると注連縄の両端が固定された。
注連縄の張り替えを終えると参加者が拝礼した。以上で注連縄の張り替えは終了となった。
参加者は見学者が引き上げる頃合いを見計らい
潜島をくぐってみた。
熱心に撮影しているカメラマンから「なかなかハートには見えないですね」との言葉を聞き、この洞門がハートに見えることを知った。とりあえず撮って見た。歪んだハートをパチリ。(ご利益は無さそうだけど)
その後、皆さんが奉納した輪注連縄を眺めてから潜島を後にした。輪注連縄は嵐が来れば流されるのは必死だが、なるべく長くこの場所に留まれるようにより高い位置へと納めるのだ聞いた。
鳥居を潜り返すと山から下界へと降りてきた感覚になった。振り返ってのパチリ。
注連縄が作られた場所へ戻ると余った藁がドンド火となり燃え尽きていた。
神宮では途絶えてしまった贄海神事を思い起こさせてくれる潜島の注連縄張り替え、松下社の注連縄と同様に継承されることを祈念する。
【参考】
- 注連縄を拝観するため潜島の注連縄張替えを前に訪れた松下社(伊勢市二見町松下) 2018年06月30日