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ツアー前に丹生山神宮寺、丹生神社プチぶらり(多気郡多気町丹生)

2018年12月02日(日) ツアー前に丹生山神宮寺、丹生神社プチぶらり(多気郡多気町丹生) (車、徒歩)

宮川流域案内人とともに「多気郡多気町丹生からの櫛田川ぞいを行く」ツアーに参加するため、多気町丹生を訪れた。集合時刻より早く到着したので、集合場所であるふれあいの館駐車場付近を散策した。

丹生神社の参道入口を過ぎると

丹生神社の参道入口(多気郡多気町丹生)

丹生神社の参道入口(多気郡多気町丹生)

 

まずは丹生山神宮寺仁王門の修復工事が進められているこちらをパチリ。

丹生山神宮寺仁王門の修復(多気郡多気町丹生)

丹生山神宮寺仁王門の修復(多気郡多気町丹生)

 

仁王門が建てられる場所にはコンクリートのべた基礎が設置されていた。ただし柱が建てられるであろう位置には正方形の何かが・・・。これらの場所はどうなっているのだろうか?

丹生山神宮寺仁王門の修復(多気郡多気町丹生)

丹生山神宮寺仁王門の修復(多気郡多気町丹生)

 

来年の10月にはこのような姿が再現されるのだろう。

丹生山神宮寺仁王門の修復(多気郡多気町丹生)

丹生山神宮寺仁王門の修復(多気郡多気町丹生)

 

また掲示板には、仁王像等が名古屋市にある天眞堂中央社寺工藝社で修復されていることが示されていた。

丹生山神宮寺仁王門の修復(多気郡多気町丹生)

丹生山神宮寺仁王門の修復(多気郡多気町丹生)

 

Facebookで友達となっている丹生山神宮寺さんに挨拶しようと思ったが、どうやら今日は写経の日で多数の方が寺務所を訪れていた。とても忙しそうだったので寺務所への挨拶はまたの機会とし、参道を進んだ。

 

まずは参道の先にある丹生神社にお参りしてから

丹生神社(多気郡多気町丹生)

丹生神社(多気郡多気町丹生)

 

参道を引き返すと

丹生神社(多気郡多気町丹生)

丹生神社(多気郡多気町丹生)

 

木々が秋色に染まる神宮寺へ戻った。

秋色に染まる丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

秋色に染まる丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

 

本堂、薬師堂にお参りしてから

秋色に染まる丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

秋色に染まる丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

 

大師堂への石階を進んだ。こちらを望むと台風の被害にあった回廊を思いだしてしまう。

秋色に染まる丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

秋色に染まる丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

 

【参考】

 

大師堂へ進むと

秋色に染まる丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

秋色に染まる丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

 

いつもこちらに目を留めてしまう。

大師堂、丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

大師堂、丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

 

大師堂、丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

大師堂、丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

 

大師堂に続き、丹生都姫神社にもお参り。

丹生都姫神社、丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

丹生都姫神社、丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

 

この後は紅葉を楽しみながら神宮寺を後にした。

秋色に染まる丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

秋色に染まる丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

 

秋色に染まる丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

秋色に染まる丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

 

秋色に染まる丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

秋色に染まる丹生山神宮寺(多気郡多気町丹生)

 

ツアーの集合時刻まで、まだ余裕があったので神宮寺の周辺を散策することにした。

丹生山神宮寺前の道標(多気郡多気町丹生)

丹生山神宮寺前の道標(多気郡多気町丹生)

 

神宮寺を背にして和歌山別街道を進むと

丹生山神宮寺付近(多気郡多気町丹生)

丹生山神宮寺付近(多気郡多気町丹生)

 

弘法井戸に立ち寄った。

弘法大師(空海)の加持の井戸(多気郡多気町丹生)

弘法大師(空海)の加持の井戸(多気郡多気町丹生)

 

タイムトリップできそうな風景を楽しみながらこの先のを左へ路地を進むと

多気郡多気町丹生にて

多気郡多気町丹生にて

 

こんな場所にたどり着く。目の前に見えるのは

ここも大師堂?(多気郡多気町丹生)

ここも大師堂?(多気郡多気町丹生)

 

こちらも大師堂だろうか? お参りを終えると

ここも大師堂?(多気郡多気町丹生)

ここも大師堂?(多気郡多気町丹生)

 

このような立派な土塀が続いている。いつも気にはなっているのだが・・・

慶長16年(1611)丹生神社の神主に招かれた檜垣家(多気郡多気町丹生)

慶長16年(1611)丹生神社の神主に招かれた檜垣家(多気郡多気町丹生)

 

今日は土塀に続く門の扉が開かれ

慶長16年(1611)丹生神社の神主に招かれた檜垣家(多気郡多気町丹生)

慶長16年(1611)丹生神社の神主に招かれた檜垣家(多気郡多気町丹生)

 

その中に案内板が立てられていた。

慶長16年(1611)丹生神社の神主に招かれた檜垣家(多気郡多気町丹生)

慶長16年(1611)丹生神社の神主に招かれた檜垣家(多気郡多気町丹生)

 

その案内板には次のように記されていた。

檜垣家
檜垣家は、外宮神宮家の筆頭禰宜で度会姓である。丹生初代の禰宜として慶長十六辛亥年檜垣太郎兵衛禰宜に申請したと記されている。

 

こんな所に伊勢神宮と関係があったお宅があったとは・・・

さらに不思議なことに、この後で参加したツアーで最初に訪れたのがこちらのお宅だった。

どうやら惹き寄せられたのかも。

 

 

 

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