御祓橋跡付近の小林ポンプ場から山田奉行所の船蔵跡付近へと続く水路(伊勢市御薗町小林)

2020年05月01日(金) 御祓橋跡付近の小林ポンプ場から山田奉行所の船蔵跡付近へと続く水路(伊勢市御薗町小林) (徒歩)

志宝屋神社を後にしてから第二湊橋を渡るとかつては唯一の大湊への架け橋であった御祓橋跡を眺めた。

御祓橋跡(宮川と大湊川の合流点)付近

御祓橋跡(宮川と大湊川の合流点)付近

 

この付近は歩く人も少なく、三蜜の危険は皆無に近いのだが

御祓橋跡(宮川と大湊川の合流点)付近

御祓橋跡(宮川と大湊川の合流点)付近

 

さらに三蜜を避けるために、誰も歩かないだろうルートを探すと小林ポンプ場へと続く水路を見つけた。(ここは未だに歩いたことが無い?)

小林ポンプ場へと続く水路(伊勢市御薗町小林)

小林ポンプ場へと続く水路(伊勢市御薗町小林)

 

ポンプ場を背にすると水路に沿って歩いた。

小林ポンプ場へと続く水路(伊勢市御薗町小林)

小林ポンプ場へと続く水路(伊勢市御薗町小林)

 

水路幅も広いが、歩いている舗装路の道幅も広い。

小林ポンプ場へと続く水路(伊勢市御薗町小林)

小林ポンプ場へと続く水路(伊勢市御薗町小林)

 

悠々とした流れを眺めながら私も悠々と歩いた。

小林ポンプ場へと続く水路(伊勢市御薗町小林)

小林ポンプ場へと続く水路(伊勢市御薗町小林)

 

しばらくすると水路の流れは左方向へ・・・。ここで水路を離れて右方向へ進むと

小林ポンプ場へと続く水路(伊勢市御薗町小林)

小林ポンプ場へと続く水路(伊勢市御薗町小林)

 

その先には山田奉行所「船蔵跡」の説明板が立っている。

山田奉行所「船蔵跡」の説明板付近(伊勢市御薗町小林)

山田奉行所「船蔵跡」の説明板付近(伊勢市御薗町小林)

 

山田奉行所「船蔵跡」の説明板(伊勢市御薗町小林)

山田奉行所「船蔵跡」の説明板(伊勢市御薗町小林)

 

船 蔵 跡
所在 伊勢市御薗町小林(おはやし)

船蔵のあらまし
山田奉行所は、仕事の一つとして、鳥羽港周辺海上の安全管理の任務を持っていました。奉行所が有滝からこの地に移されるとともに、御座船等を収納する船蔵も、この地に移されました。
所有した関船、鯨船などの軍船は、御座船虎丸をはじめ、享保四年(1744)には八艘、弘化二年(1845)には五艘を数えました。
この地は、かつて大湊川からの入り江となっていましたが、土砂の堆積が進み、江戸時代の後半になると、大船は曳舟人足により、大湊川へ曳き出されました。
船蔵廓は、道路を挟んで、この案内板の対角線の位置にあり、総面積1041坪、東西32間、南北36間の広さがあり、三棟の収納庫と番所、稲荷さんがありました。安政四年(1857)御座船虎丸の解体で、ほぼその任を終えました。

  伊勢市教育委員会

 

この説明板にある「かつて大湊川からの入り江となっていました」については、以前に山田奉行所記念館で見かけた「立合誓断之絵図」や「度會河内明細圖」でも確認できる。あの水路は大湊川からの入り江の名残なのだろうか?

 

【立合誓断之絵図】

山田奉行所記念館に展示されている立合誓断之絵図

山田奉行所記念館に展示されている立合誓断之絵図

 

山田奉行所記念館に展示されている立合誓断之絵図

山田奉行所記念館に展示されている立合誓断之絵図

 

【参考】 志宝屋神社(豊受大神宮 末社)前の寿し桶と第二湊橋付近の大塩屋跡を思いて(伊勢市大湊) 2019年04月07日

 

【度會河内明細圖】

大人の塗り絵「度会河内明細圖」

大人の塗り絵「度会河内明細圖」

 

【参考】 大人の塗り絵「度会河内明細圖」、完成 2017年11月09日〜10日

 

また、こちらは小川新田開墾記念碑であるが、この説明板にある「船蔵廓は、道路を挟んで、この案内板の対角線の位置にあり」についてはこの辺りなのか?

新田開墾記念碑と山田奉行所「船蔵跡」の説明板(伊勢市御薗町小林)

新田開墾記念碑と山田奉行所「船蔵跡」の説明板(伊勢市御薗町小林)

 

ご近所でも知らないことは多い。

御薗村誌を読み直そう。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です