2010年〜2013年の記録は『神宮巡々』を、2014年〜2017年の記録は『神宮巡々2』をご覧ください。

大湊・神社港をぶらぶらと

2018年07月08日(日) 大湊・神社港をぶらぶらと (徒歩)

久しぶりに雨が上がったため午後からご近所を散策した。【キタヰの妻】も歩くと言ったので最近歩いていない大湊と神社港をぶらぶらすることにした。1時間半程を予定していたが、結局は私の寄り道のために2時間超えとなってしまった。

伊勢市御薗町小林に鎮座する二木神社方向へ進むと空き地の隅に常夜燈の一部を見つけた。

二木神社付近にて(伊勢市御薗町小林)

二木神社付近にて(伊勢市御薗町小林)

 

さらに進むと山積みされた瓦に刻印が押されていた。

二木神社付近にて(伊勢市御薗町小林)

二木神社付近にて(伊勢市御薗町小林)

 

二木神社を過ぎ、まっすぐ進めば宮川の右岸堤防へたどり着くが、ここで「右 大みなと道」の道標に誘われて文字通り右へ曲がった。道なりに進むと

山田奉行所跡碑前の道標「右 大みなと道」(伊勢市御薗町小林)

山田奉行所跡碑前の道標「右 大みなと道」(伊勢市御薗町小林)

 

途中で田んぼ道を宮川方向へ進み、堤防に上ると振り返ってのパチリ。

宮川下流部右岸堤防からの風景

宮川下流部右岸堤防からの風景

 

この付近の堤防は高規格化なのだろうかかなりの幅広だ。下流方向へ進むと多量の堆積物の先に橋が落ちた橋脚、さらにその奥には志宝屋神社(豊受大神宮 末社)の社叢が望める。

大湊川方向(宮川下流部右岸)

大湊川方向(宮川下流部右岸)

 

第二湊橋で大湊川を渡ると私の独断で志宝屋神社(豊受大神宮 末社)へ向かった。こちらの社叢にはサギをはじめ多数の鳥たちが営巣している。

志宝屋神社(豊受大神宮 末社)の社叢

志宝屋神社(豊受大神宮 末社)の社叢

 

そのため鳥の鳴き声が絶え間なく聞こえ、抜け落ちた羽根が散乱している。

志宝屋神社(豊受大神宮 末社)の社叢に落ちるサギの羽根

志宝屋神社(豊受大神宮 末社)の社叢に落ちるサギの羽根

 

社叢へ入り参道を進むと他の125社とはかなり異なる雰囲気(気配、色、臭いなど・・・)となっていた。居心地が悪いため急いでお参りを終えた。

志宝屋神社(豊受大神宮 末社)

志宝屋神社(豊受大神宮 末社)

 

湊橋で大湊川を渡り返すと大湊川に沿って神社港を目指した。その途中にてのパチリ。

大湊川越しに望む対岸の大湊(伊勢市大湊町にて)

大湊川越しに望む対岸の大湊(伊勢市大湊町にて)

 

さらに巨大なクレーンのオミアゲ。

垂直に見上げる程の巨大クレーン(伊勢市大湊町)

垂直に見上げる程の巨大クレーン(伊勢市大湊町)

 

この辺りでは五十鈴川と勢田川が合流しているため河川距離標が二種類ある? 0.0kmを合流点とすると、1.4kmの起点はどこだろう

河川の距離標(伊勢市下野町)

河川の距離標(伊勢市下野町)

 

河川距離標を後にして海の駅 神社を目指すとその手前右側に新馬瀬排水機がある。入口のアコーデオン門扉は施錠されておらず引けば開くため、少しだけ隙間を開けて中へ進むとこの説明板が迎えてくれる。以前は青々と生い茂っていた樹木が根本から伐採されていた。この理由はいかに?

説明板の先にある赤レンガ塩倉を見やすくするためだろうか。しかし、この塩倉は個人宅にあるため失礼のないように要注意だ。

新馬瀬排水機場から望む赤レンガ塩倉(伊勢市神社港)

新馬瀬排水機場から望む赤レンガ塩倉(伊勢市神社港)

 

【キタヰの妻】がこの説明書きを読んで、「一色塩田」「田尻塩田」「下野塩田」の場所は想像できるけど「播磨浜塩田」はどこだろう?と言ったので、私は「後で分かる!」と一言。

 

なお、赤レンガ塩倉の詳細はこちら、

【参考】  大蔵省境界標と赤レンガ塩倉の詳細についてはこちら

 

新馬瀬排水機場のアコーデオン門扉を元に戻すと海の駅 神社にて木造船みずきを遠望した。

海の駅 神社に係留されている木造船みずき

海の駅 神社に係留されている木造船みずき

 

その後も私の独断でお伊勢さん125社である御食神社(豊受大神宮 摂社)にお参り。

御食神社(豊受大神宮 摂社)

御食神社(豊受大神宮 摂社)

 

こちらは二重の御垣に囲まれているが、修繕の跡がちらほら。

御食神社(豊受大神宮 摂社)

御食神社(豊受大神宮 摂社)

 

お参りを終えると

御食神社(豊受大神宮 摂社)

御食神社(豊受大神宮 摂社)

 

境内地にある辰の井を眺めた。こちらの井戸の水は火難・水難除けとして毎年初辰の日に汲まれ、多くの人がこの水を求めて御食神社を訪れる。

辰の井、御食神社(豊受大神宮 摂社)

辰の井、御食神社(豊受大神宮 摂社)

 

【参考】

 

御食神社を後にするとここからは自宅までの帰路となる。その途中でこちらの説明板の前にて「ここが播磨浜塩田の跡!」と【キタヰの妻】に説明した。ここは神社小学校の校門? なお、神社小学校は3年後には大湊小学校と統合される。

「播磨浜塩田」の説明板(神社小学校)

「播磨浜塩田」の説明板(神社小学校)

 

この後、自宅付近の河原神社(豊受大神宮 摂社)にてお参りを終えると帰宅した。

河原神社(豊受大神宮 摂社)

河原神社(豊受大神宮 摂社)

 

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