2018年08月04日(土) 懐かしい赤煉瓦は代々猿田彦神社の宮司を務める宇治土公家の墓所? (車、徒歩)
お伊勢さん125社まいり(内宮めぐり・五十鈴川めぐりの一部)他でのぶらりを終えて、月讀宮を後にするとこちらのバス停付近から
このヘアピン急坂カーブを上った。このヘアピンを終えると道路は右方向へ直角に折れる。その先で右方向へ入る細い道を進むと
こんな赤煉瓦が積まれた場所がある。私が子供の頃には、この場所は見た目通り「アカレンガ」と呼ばれ、付近は昆虫の宝庫だった。昆虫捕りのためにここへは何度も訪れたが、それは目印としての存在であり、その実体を知ることなどなかった。
本日、とても気になったので、こちらの階段を進むと
その奥には「宇治土公」と刻された墓石が建てられ
こちらでは五輪塔の脇に建てられた石柱には「宇治土公貞重之墓」の文字が刻されていた。
こちらの赤煉瓦が宇治土公家の墓所であるとすると、「本日に訪れた興玉森とはどのような関係にあるのだろう?」
先に宇治山田神社(皇大神宮 摂社)を訪れていたので、その際に偶然にも興玉神の拜所へ足を伸ばしていた。
宇治山田神社に向かって左側、
古殿地を後にして
腐葉土でフカフカな小道を進むと
突き当り右手にはこんな簡素な石段が残されている。以前はしめ縄が張られていたようだが、現在はその変化をうかがい知ることもできない。
まだまだ調べることは多い。
なお、赤煉瓦前の坂道を上り切ると右側に墓地があるが、その墓地からさらにこちらの墓地までの間に岩井田家や井面家および荒木田家などの墓所が点在していた。
むかーーーし、倉田山中学に通っていた頃
宇治土公貞・・・・君というこが同級生に
いて宇治の方から通っていました。
そのころはなんか、変ななまえ
のやつやなァーーと思っていました!
猿田彦神社の宮司一族のかただったの
かな?!!
たかっちさん
コメントの承認が遅くなりスミマセン。
「宇治土公貞・・・・君」という方は猿田彦神社の宮司一族の方だったのでしょうね。
もしかして・・・