2019年02月02日(土) 花の窟神社 お綱かけ神事(熊野市有馬町) (車、徒歩)
火神 軻遇突智尊(カグツチノミコト)を産んだために陰部に火傷を負って病に臥せた後に亡くなった伊弉冊尊(イザナミノミコト)の御陵としての花の窟神社。2004年7月に世界遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部であり、御神体は45mほどの高さがある岩窟である。この御神体の頂上からは境内南隅に立つ松の御神木へと大綱が渡されている。なお、この大綱は自然神七神(風・海・木・草・火・土・水)を表す7本の縄を束ねて作られており巻き方にもこだわりがあるそうだ。さらに大綱には天照大神、月読尊・素戔嗚尊を表す三流の幡(みながれのはた)が下げられ、その両側に扇。なお約170mもあるとされる大綱は年に二回の例大祭(2月2日、10月2日)「お綱かけ神事」により新たにかけられる。その詳細についてはこちら、花の窟活性化地域協議会のホームページに紹介されている。
【参考】
いつか体感したいと思っていたところ今年の2月2日は土曜日となった。花の窟神社のお綱かけ神事を体感した後、熊野那智大社を訪れることを告げると【キタヰの妻】も同行することになった。
自動車道が整備されたため紀伊長島から無料区間のみを利用するだけでも、6時半頃に伊勢を出れば9時過ぎに熊野へ到着する。
花の窟神社に到着したのは9時15分頃だったが花の窟の駐車場はすでに満車となっていた。コンビニとの間の駐車スペースを案内していただきなんとか車を駐めることができた。
祭典の開始は10時。まずはお参りしようと鳥居をくぐった。
鳥居の先には手水が準備され、奉仕する神職らはこちらで心身を清めてから参進となるようだった。
幟旗が立ち列ぶ参道を進むと
こちらにて伊弉冊尊にお参りし、その向いに対面するようにまつられている軻遇突智尊にも・・・。
伊弉冊尊の拝所にはこれらの道具が準備されていた。(左側にある俵状のものはどのように使用されるのか最後までわからなかった。次回の課題だ)
本日、大綱とともに引き上げられる三流の幡(みながれのはた)と扇がブルーシートの上に並べられていた。
社務所の壁に次の説明板が掛けられている。
三流の幡や扇を興味深く眺めていたら
大綱と同じ材料で作った縄を授けていただいた。(希望者に授与しているとのことだった)
定刻が近づいてくるとブルーシート状に展開されていた三流の幡と扇は引き上げやすいよように大綱の近くへと寄せられた。
すでに頭上にかかっている大綱は昨年の10月10日にかけられたもので、台風の被害がないため2月まで残されているそうだ。基本的に自然に切れなければそのまま残された状態で新しい大綱をかけるそうだが、大綱をワイヤーで固定する支柱が2本しかないため同時に2本までしかかけられない。そのため、もしも2本が残された状態であれば、最も古い綱を切ってから新しい綱をかけることになるそうだ。
大綱が引き上げられる前、拝観者は大綱に触れる機会が与えられた。皆さん心ゆくまで・・・。
祭典の準備が完了した頃、
定刻(午前10時)となった。
参進を終えた神職らが着座すると
修祓が執り行われた。白装束姿の7名は自然神七神の使いとしてお祓いを受けた後、神職とともに御神体の頂上へ登り、大綱を引き上げて固定する。
修祓を終えると
自然神の使いは御神体の頂上へ向かった。
頂上での準備が終わるまで、拝観者は待機の状態となった。
今か今かと期待しながら
みんなの視線は上を向いていた。
しばらくすると
スルスルすると大きな分銅を付けたロープが頂上から降ろされた。
ーーーーーーー
ロープが地面に到着すると神職らにより大綱の先端に結び付けられた。
準備を終えるとそのロープとともに大綱が引き上げられた。
三流の幡も引き上げられていく。
大綱が適度に引き上げられた頃、地上では大綱の他方の先端が境内の外へ向かって引き出された。
この際、「綱の左側で引いてください。」との注意が徹底されていた。その理由は後ほど浜へ出てから明らかになる。
綱がどんどん引き出されたので、
私達は社務所前の通路から国道42号へと出た。
大綱の先頭は国道脇までたどり着いたが、頂上での大綱の固定作業が終わるまで待機状態となっていた。
背の高い松をどのように越えるのか?
引手は今か今かと御神体を見上げる。
頂上での作業は完了したようだ。
大綱の先端が動き始めた。交通規制されている国道を悠々と横断すると
堤防を越えて御浜へ、
波打ち際の近くまで・・・。
これで綱が引っ張られると先ほど見た松の高さを越えられる状態になっている。
そして態勢を整えると
引手は一気に左方向へ走り出した。(これだから綱の左側にいないと危険だったのだ。)
綱を引きながら左方向へ移動すると
大綱と掛けるコンクリートの支柱までたどり着く。
何度か調整を繰り返すと
適当な位置へ収まりそうに・・・
堤防の上の男性が身をていして調整を続ける。
後は
大綱を松の木に掛けながら
固定する支柱へと導かれた。
御浜から大綱の先端が戻されてきた。
私達は熊野那智大社へ行くこともあるので、新たにかけらえた三流の幡を確認するために御神体へ向かった。
社務所を通り抜けると
三流の幡よりも先に目に入ったのはこの光景だった。
あの俵状のものが運ばれている。「これは、いったい何だろう?」
疑問に思っている間に姿を消してしまった。
見上げるとそこには
多数の生花が付けられた三流の幡が張りのある姿で望めた。しばらくすると重力に引かれ滑らかになるのだろう。
来年の2月2日は日曜日なので再訪することを約して花の窟神社を後にすると
境内に隅では大綱を固定する作業が続けられていた。
私達は、花の窟を後にすると熊野那智大社を目指した。
なお、こちらが大綱と同じ材料で作られた縄である。大切に飾っておこう。